HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
因果応報か?(補足)
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    ※ 以下の記事には霊的内容が含まれますので、関心の無い方、嫌悪感をお持ちの方の閲覧はお薦め致しません。

     

    昨日の記事の終盤の『「因縁、因果」にまつわるキーワードを3つ示す。それは「宿命、祖先、本能」というもの』というくだりを理解するためのヒント。賢明な方々は既にお察しのこととは思うがこれは「順列」を表しており、それぞれ「優、良、可」と解することも可能・・・とするのは早計で、実は「優、良、不可」であったり「優、可、不可」も(それ以外も)有り得るというのが正しい。そういうことだから「頭で考えると精神をやられる」と言わざるを得ないのだ。人間はもっと「自らの良心こそが因縁、因果を抜本的にコントロールするための最強ツール」であることを理解しても良いのではなかろうか。

    | かまた | その他 | 09:13 | comments(0) | - |
    因果応報か?
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      ※ 以下の記事には霊的内容が含まれますので、関心の無い方、嫌悪感をお持ちの方の閲覧はお薦め致しません。

       

      「因縁、因果」を頭で制御(コントロール)することは100%不可能だ。何故ならそれらは非常に多くの複雑な要素で構成されているにも関わらず、要素の内で目視で確認出来るものは極々一部に過ぎないからだ。

       

      では「因縁、因果」にどう対処(アプローチ)すべきか?それは論理を理解し、論理に従うしか無い。何故なら「因縁、因果は論理で運用されている」からだ。しかし困った事には今度は「論理」自体が何のことだか分からないと言う。

       

      「論理」とは(人智を超越した)この世の仕組み(の内人間に感覚出来る部分)の事であって、となれば論理を理解し論理に従わない限り、誰しも漂流し難破の憂き目に会うのはむしろ当然と言える。何故なら(この世の)仕組みに反する生き方自体がそもそも(この世では)成立しないからだ。(但し結果には段階と時間差が伴うため要注意。)

       

      論理とは頭で考えるものでは無く、あくまでも「理性」で感覚するもの故、単に(理性の顕在化としての)「良心」に従っていれば、その人の生き方は多分に「論理的」と言える。(但し良心=お人好しとは限らない。)

       

      ここに「因縁、因果」にまつわるキーワードを3つ示す。それは「宿命、祖先、本能」というものだが、因みにこれらを頭で考えてどうなるものでも無く、むしろ場合によっては精神に異常を来たす事さえ有る。(事実そういう人を何人も見てきた。)

       

      繰り返しとなるが「因縁、因果」をコントロールするには「理性を保ちつつ良心を働かす上で論理に従う」しか無い。

      | かまた | その他 | 10:36 | comments(0) | - |
      神は人間に嘘をつく?
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        ※ 以下の記事には霊的内容が含まれますので、関心の無い方、嫌悪感をお持ちの方の閲覧はお薦め致しません。

         

        この問いを正しく理解し、且つ正しく答えられるのは、現在「ほんのひと握りのごく限られた人たちのみ」と思われますが、何れ多くの人々の共通認識となるでしょう。そして更に言えば、この問いの真の答えこそが、私たち人間の「有るべき姿」を明確に示唆するものである事は間違い有りません。何故ならこの答えは(逆説的に)「人間とは何か」あるいは「有るべき社会とは」の答えを想起させるものであろうからです。

        | かまた | その他 | 09:07 | comments(0) | - |
        39度台の発熱が6日間続くと・・・
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          タイトルの通り、先だって39度2分〜7分の熱が連続6日間続きました。経験上普通の風邪やインフルエンザでは、39度台はピークの1〜2日程度のものと認識していたので、何か特別な状況(状態)かと思いきや、果たしてここ1〜2年少しばかり気になっていた右鼠径部のやや内側付近に有って少しずつ成長していた直径2センチ位の痼(しこり)が、消失して影も形も見当たらなくなっていました。

          ほとんどの発熱現象が身体の浄化作用と連動していることは経験上も論理的にも識っていましたが、これほど顕著で、しかもピンポイントな例は余り経験が無く、改めてこうした身体の(強力且つ正確無比な)自浄作用について再認識させて頂いた次第です。

           

          ※ 因みに自浄作用を正しく機能させるためには、身体を「アルコールや薬物(を含む化学物質全般)」の影響下に置かない方が賢明であることは言うまでも有りません。

          | かまた | その他 | 09:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
          心は常に計測され数値化され評価されている!
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            今日のタイトル「心は常に計測され数値化され評価されている」・・・こうした概念を持っている人は、今現在生きている人の中でおそらく圧倒的に少ないと思いますが、これは紛れもない事実です。何故ならそのようなシステムが実際に存在し、それが一年365日昼夜兼行運用されているからです。つまり「心」とは、決して我々が想像するようなアバウトなものではなく、漠然と存在するものでもなく、増して脳神経によって生み為される妄想的産物などではなく、むしろ理路整然と構築され認識されるべき存在であるということです。何故なら「心」こそが、人間の実像、実体そのものと言えるからです。ですから生きている人間の場合は「心」が本体で、体はそれに「付随するもの」として存在という認識が正しいのです。それが証拠に、心の状態は人相や風貌に反映しますがその逆は有りませんし、「心因性」といった診断の有無に関わらず、体調不良や病気の根源から「心の問題」を完全に切り離す事は困難で、むしろ不自然と言えます。(例えば生活習慣病など・・・)

             

            ところで「心は常に計測され数値化され評価されている」って・・・いったい誰に?・・・そんなこと、決まってるでしょう。とにかく自分の心と向き合うことです。

            | かまた | その他 | 09:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
            進化論?・・・変化論だろう。
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              生物が環境に応じて徐々に機能の強化や退化を果たし、更に何世代か掛けてそれを固定化する。

              何故そういうことが起きるのかと言えば、あらかじめ「変化」の幅を持たせたプログラムが為されているからだ。

              だからもし、そういうプログラムの存在が無ければ、その生物は環境の変化を受けて死滅するしかない。

              このようにプログラムの範疇に於ける(=予め想定された)生物の変化を「進化」と認めるには違和感は否めず、ならばさしずめ「ダーウィンの変化論」というところか。

               

              ※ 実際、科学者の認識としても「進化=個体群内の遺伝子頻度の変化」として定義されているに過ぎず、そこに生物的「進歩、向上、前進」という意味合いは必ずしも存在せず、あくまでも「環境との相対的関係」のみである。

              | かまた | その他 | 12:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
              「思想の良し悪し」と「頭の良し悪し」は全く別物
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                通常「頭が良い」と言えば即、「論理的思考に長けている」と思われがちですが、決してそうではなく、実は「より論理的思考に長けている」のは、むしろ「思想が良い」人の方です。何故ならその人は常に「自分の良心」に基づく良識によって物事を判断出来るからです。

                 

                思想が良い証しである「良心に従う」ことがどうして「論理的思考」と呼べるのかについてですが、それはそもそも「良心」の実体が「高度な論理の集積」であり、私たちの内面で「理性」を司る役割を担うものに他ならないからです。

                 

                そして「理性」が物事の構造的理解を促す働きを持つものであるとするなら、その力(=論理性)は「良心」から引き出されたものと考えるのが自然です。更にはその「良心」を活用する由縁となるのが「良い思想」ということになり、結果として「思想が良い=論理的思考に長けている」という図式が成り立ちます。

                 

                但し、ここでいう「論理的思考」とは、単純に「数学や物理学の勉強が得意」という意味ではなく、万事に於いて「物の道理に沿った理解や判断が(無意識、無感覚に)出来る」状態を示します。(例えば優れた音楽作品なども「論理的構造物」と言えますが、通常そのことを私たちが意識することは殆どありません。)

                 

                では最後に「単に頭が良い」とはどういう状態を指すのかと言うと、「高度で本質的なレベルの論理を疎かにして、ともするとそれが欠落したまま、より下位の技術的理解に終始する状態」と言い表すことが出来ます。

                無論「思想が良く、頭も良い」のであれば「鬼に金棒」に違い有りませんが、重要なことは「優先すべきは何か」ということです。

                 

                ※ 「思想が良い」とは、自分や身内と他人を(少なくとも)同列に思え、扱える人。「思想が悪い」とは自分や身内と他人を(明らかに)同列に思えず、扱えない人。もっと言えば「人の痛みがわからない人」。

                | かまた | その他 | 17:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
                冷静でいられる時間は1日3%だけ?
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                  ※本日の記事は極めて霊的性格の強い内容に付き、霊的に疑念をお持ちの方、影響を受けたくない方々にはお薦め出来ません。その旨あらかじめお断り申し上げます。

                   

                   

                  この数字は平均的な人間のそれを示したものではなく、霊界の見立てに拠れば、人間が1日の内で冷静(=理性が先行、主導する在り方)と言える時間が3%も有れば「上出来の部類に入る」と言っているのです。つまり大方の人間は1日の内、冷静さが保たれている時間など「無きに等しい」という意味になります。

                   

                  私は今を遡ること40年前にこの話を聞いた、というか知った時、愕然としショックを受けたのを覚えています。1日24時間の3%と言えばたかだか43分12秒、並の人間にとって「人間らしい振る舞い」をすることは、その僅かな時間さえも難しいということですから当然です。

                  私はこの話を瞬時に「真実」と認識し、そこから私の(自分自身に対する)挑戦が始まりました。

                   

                  この衝撃的な話には、更に衝撃的な続きが有ります。それは「人間はある程度の霊層に到達しなければ、自分の言葉(=自力)で話せない」というものです。これはどういうことかと言うと、世の中のいわゆる平均的な人間が日常的に話している言葉のほとんど全ては「自力で発している言葉ではない」という意味です。果たしてどれだけの人がそれを「事実」と受け止める事が出来るでしょうか。また、自分の言葉を自分が発していないとすると、いったい誰が発しているのでしょうか。

                   

                  それらは人間自身がこれまで自我(=自己中心)思想を発動させるたび、無意識無感覚のまま内部に作り続けてきた無数の「自我霊、想像霊と呼ばれる潜在自縛霊」によるものとされています。その特徴は一つひとつの思想、一件ごとの状況に対してそれぞれ「一体の霊」が作られ、以後同様の状況が訪れるたびに「人間に代わって言葉や行動を制御する」というもので、普段は腹部付近に位置し、要請が有ると延髄付近まで上昇して言語中枢を操ります。

                   

                  つまり、その状況を客観的に見れば、人間が「過去の自分に操られている」という意味を持つことになり、ただ過去と同じことを繰り返すばかりで、少なくとも目の前の現状には何ら対応出来ていない事になります。即ちそれが内部霊による「霊憑(がか)り」の特徴ということです。

                   

                  ですから、そういう状態にある人の話を聞いていると、その特徴がよく表れているものです。そういう人は過去と似たような状況になると、毎回判で押したように同じ言い回しで同じことを言います。その主張は前回と(気持ち悪いぐらい)同じもので、まったく何の進歩も進展も見られません。そして必ず同じ失敗をします。

                  それは人間が「過去の自分(の過ち)に支配された姿」に他ならず、ただ霊層が低いため言葉が使えない本人に成り代わって「自我霊や想像霊」にそれを代行してもらっているに過ぎません。(逆に「彼ら」の働きが無ければ、この時点で人間は「人間らしい体裁」さえも保てていないはずですので、むしろ感謝すべきです。)

                   

                  この状況は一見すると「無限サイクル」のように思えますが、唯一ここから脱出して霊層を上げ、自らの言葉を取り戻す方法が有ります。それは「無駄口を慎むべし」と心に誓い、それを(文字通り)黙々と実行することです。それは言い換えれば「不言実行」を自らの信条(ライフスタイル)とすることです。それは「必要な期間」継続する必要が有ります。それはもちろん「安全圏まで霊層を上げる期間」という意味です。

                  何故そうする事が必要か?それは実際に行なって見れば「すぐに解る」ことです。

                   

                  因みに幼少期に於ける「ナンで?どうして?」などの言葉は概ね本人の発するものです。ですから「言葉を取り戻す」という表現となります。

                  | かまた | その他 | 11:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  「雪掻き」続報!
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                    今回の雪掻きでは、三日間で(贅沢を言わないならば)一応「当初の目的」を達成しましたが、その代償として現在「右足がびっこ・・・と言って悪ければ不自由」な状態です。しかし私の解釈では、これは「論理的に正しい行動」となります。
                    何故なら近隣の雪掻きは、自分の力の及ぶ範囲での「車、自転車、人の通行上の安全確保」が目的で、もし実施しなければ「人の命に関わる重大事故」に繋がる恐れが有り、その不安を抱えたままでは、夜も枕を高くして眠れません。もし現実に事故が起きてしまったら、その件で一生後悔するかも知れません。
                    それに対して、雪掻きの結果「私個人の右足が不自由となって1〜2週間移動能力が半分に落ちる」事があったとして、他の誰が困る訳でもなく、自分自身も(痛みを別とすれば)さほど困っていません。そういえば映画「ランボー」シリーズの台詞の中に「痛みを無視しろ、とアナタが教えた」というのが有りましたが、そうなると私も含めて「雪掻きをすればみんなが良くなり誰も困らない」という結果となります。

                    これが私の「行動理論」ですが、どこか変ですか?
                    | かまた | その他 | 09:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    今年も雪掻き!
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                      一昨年は、ここ八王子でも記録的な大雪に見舞われ、雪掻きをやってやってやりまくりました。翻って昨年は雪が積もる事もなく、楽をさせてもらいましたが、今年はまた15センチ位の積雪となり、昨日今日と雪掻きでした。

                      そこでひとつ気が付いた事が有りました。それは他でも無い「体力(と持久力)の衰え」です。感覚的に言えば、一昨年の「半分」ぐらいしか持ちません。特に体調不良でも無く「たった二年で?」と思われるかも知れませんが、実はこれには訳が有ります。正直なところ自分でも最初「あれ?」と思ったのですが、少ししてからその理由が判りました。つまり、一昨年の時は「還暦前」で、今年は「還暦後」だったのですが、これでもまだ十分な説明とは言えないと思われますので、もう少しご説明します。

                      思えば私は三〇歳を過ぎる頃から「早く六〇歳になりたい」と、ずっと思い続けて来た人間でした。人は普通は「いつまでも若々しく在りたい」と思うものですから、それ自体が相当変なのですが、更にいざ還暦を迎えた時に、自ら「とあるスイッチ」を入れたのです。それは「衰え」という名前のスイッチでした。このスイッチは「自ら積極的に老いを感じる」事で、簡単に入れることが出来ます。(嘘だと思ったら試して見ては?)

                      「いったい何のためにそんな事をするんだ!」と大半の方がお思いの事と思いますが、このスイッチを入れることで、ある種の「トレードオフ」が起こるのです。つまり私は「若さを犠牲にして或るものを望んだ」という意味になりますが、更に敢えてそこまでしなければならない理由を問われるならば、「光陰矢の如しであるから」としか言い様が有りません。
                      何れにしても、人は「悔いの残らない人生を送りたい」と思うもので、それは私とて同じという事です。

                      ということで、今年はまた一昨年とは「一味違う」雪掻きを楽しんでいます。(明日でキメたい・・・)


                       
                      | かまた | その他 | 23:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
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