HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
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「思想の良し悪し」と「頭の良し悪し」は全く別物
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    通常「頭が良い」と言えば即、「論理的思考に長けている」と思われがちですが、決してそうではなく、実は「より論理的思考に長けている」のは、むしろ「思想が良い」人の方です。何故ならその人は常に「自分の良心」に基づく良識によって物事を判断出来るからです。

     

    思想が良い証しである「良心に従う」ことがどうして「論理的思考」と呼べるのかについてですが、それはそもそも「良心」の実体が「高度な論理の集積」であり、私たちの内面で「理性」を司る役割を担うものに他ならないからです。

     

    そして「理性」が物事の構造的理解を促す働きを持つものであるとするなら、その力(=論理性)は「良心」から引き出されたものと考えるのが自然です。更にはその「良心」を活用する由縁となるのが「良い思想」ということになり、結果として「思想が良い=論理的思考に長けている」という図式が成り立ちます。

     

    但し、ここでいう「論理的思考」とは、単純に「数学や物理学の勉強が得意」という意味ではなく、万事に於いて「物の道理に沿った理解や判断が(無意識、無感覚に)出来る」状態を示します。(例えば優れた音楽作品なども「論理的構造物」と言えますが、通常そのことを私たちが意識することは殆どありません。)

     

    では最後に「単に頭が良い」とはどういう状態を指すのかと言うと、「高度で本質的なレベルの論理を疎かにして、ともするとそれが欠落したまま、より下位の技術的理解に終始する状態」と言い表すことが出来ます。

    無論「思想が良く、頭も良い」のであれば「鬼に金棒」に違い有りませんが、重要なことは「優先すべきは何か」ということです。

     

    ※ 「思想が良い」とは、自分や身内と他人を(少なくとも)同列に思え、扱える人。「思想が悪い」とは自分や身内と他人を(明らかに)同列に思えず、扱えない人。もっと言えば「人の痛みがわからない人」。

    | かまた | その他 | 17:20 | comments(0) | trackbacks(0) |









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