HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
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曲をイメージするという上での当たり前の事(2)
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     例えば「或る悲しい一日」では尺八奏者は初めから自分自身を想定しているし、そもそも尺八の曲を作るつもりで曲作りを始めた。更にギターが主旋律を行くところはギターをイメージして書いているので、尺八に適した旋律とギターに適した旋律が交互に入れ替わっていることになる。(他の楽器で代用不可能という意味ではない)

    一方でオルガンパートに関しては、当初すべての楽曲で自分が担当することを想定していなかった事は前に書いた通りだ。これらはロックというよりは、むしろ訓練の行き届いたクラシカルな演奏家に適した作風と言えるのではないかと思っている。変な話、もし自分が弾く事を想定して曲を書いていたら、こうはならなかったのではと思う。何故なら自分は「訓練の行き届いたクラシカルな演奏家」ではないからだ。そんなこんなで正直たいへんな思いをしたが、録ったものを聴きなおして見るとちゃんとロックしているから不思議だ。曲の成り立ちはどうあれ、やはり自分で弾くべきだったのかと改めて思い直した。

    7年の歳月に亘る紆余曲折を経て、アルバム「KURSK」は結果的に自分自身の範疇を超える作品となった。様々な形で制作に関わって下さったすべての皆様に、この場をお借りして今一度感謝を申し上げます。
    | かまた | 作品全般 | 23:44 | comments(0) | trackbacks(0) |









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