HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
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みんなが「好き勝手」に生きようとすれば
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    みんなが「好き勝手」に生きようとすればどうなるか、それは今の社会が如実に体現しています。現社会に蔓延する不公平、不平等、不謹慎、不道徳、不条理、無関心、無感動、無気力などは、すべて「自由(主義)」の名のもとに「(ルールさえ守ればあとは)好き勝手にしていいですよ」とされてきた結果に他なりません。

     

    例えば「ルールさえ守れば」と言ってもそれは「法令違反に対して罰則規定がある」という意味で、極端に言えば「そんなことを意に介さない人たち」にして見れば平然とルールを破るに違い有りません。何せその人たちにとっては「自由(=好き勝手)」が最優先事項であって「法令遵守(=他人に迷惑を及ぼさない範囲で)」は多々有るリスクのひとつに過ぎないのですから。(これではいくら法整備しても、犯罪自体が益々狡猾で悪質になるだけです。)

    つまり「自由(=好き勝手)」な社会とは、基本的に強者が弱者を侵害して良いとされる社会のことです。

     

    そこにはもうひとつの問題が有ります。例えば私たちは日頃「政治家や役人」に対して「公人としての責任の自覚」を求めますが、それは謂わば「俺達は自由((=好き勝手)な生き方をするが、お前ら(公人)は一切まかりならん」と言っているようなもので、別の言い方をすれば「俺達は欲の皮を突っ張らせて生きるが、お前ら(公人)は聖人君子でなければならない」ということです。

    私に言わせれば、このような理屈が通るはずが有りません。実際にあった話ですが「オレはこんなダメ人間だが、お前たちはちゃんとしろよ。」と言って我が子を諭(さと)した父親に対して、子どもが(何でお父さんだけいいんだよ!?)と強い憤りを感じたそうです。当たり前です。

     

    確かに現状「政治家や官僚たちの臆面もない自己保身振り」には目を疑いたくなるものが有りますが、忘れてならないのは現在の日本国民の最優先事項がそうした自己保身を含む「自由(=好き勝手)」であり、それを何十年も国を挙げて当たり前のようにしておいて、今更公人にばかり「滅私奉公」を求めるのはいくら何でも無理でしょう。

    それにそもそも「欲の皮の突っ張った人」が(選挙で)自分たちの代表として「聖人君子」を選ぶ訳が有りません。要するに私たちの「社会の歪み」は元を正せばそうした「国民一人ひとりの勘違い」からきているというのが正しい認識と言えるでしょう。

     

    来年こそは、まずはそういうどうしようもない自分としっかりと「対峙」出来れば良いと思います。しかるのち(余裕が有れば)自分たちを取り巻く諸問題と「対峙」すれば良いでしょう。(せめて「崖っぷちに立たされている」という実感さえ持てれば少しは本気になれるのでしょうが。)

    | かまた | 時事関連 | 10:01 | comments(0) | trackbacks(0) |









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