HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
<< 今日は2017年の大晦日です。 | main | 物事を「論じる」時代は終わった >>
本日は2018年元旦です。
0

    皆さん、明けましておめでとうございます。早速ですが(アクセスログを見ると)昨年12月の1ヶ月間に2617件のアクセスを頂いており、私の別ブログと合わせれば8324件ともなり、毎月多くの方々に閲覧して頂き(毎回精魂込めて書かせて頂いている身としては)喜ばしい限りで感謝に絶えません。(但し一円の稼ぎにもなっていません。)

     

    さて、以前から申し上げている通り、今年は「対峙の年」ですが、簡単に言えば「しっかりと向き合う」ことです。問題は「何と向き合えば良いのか」の一語に尽きますが、それは各々が「目の前に示された結果としっかり向き合うこと」を意味し、また誰もがその必要性に迫られるであろうということです。何故ならそれを怠ると「その人自身が困る事になる」に違いないからです。

     

    ここで昨今の世の中の出来事に目を向けて頂きたいのですが、起きている事と言えばその多くが「長年通してきた事が通らなくなった」或いは「長年保ってきたものが保てなくなった」または「長年隠し続けてきた事が隠し切れなくなった」など、長年当たり前と思われ、これで良いと信じられてきた「ある種の驕(おご)りに基づく不適切な体制の崩壊」によって生じた結果と言えるでしょう。(但しそれを伝える大手メディアも同じく崩壊しているので、それらが正しく伝えられているとも言えませんが。)

    これは社会の質や監視体制が向上したためではなく、いよいよ限界まで「社会の質が低下した」事を意味します。

     

    ところが驚いたことには、いざそのような「不都合な結果」に直面した際に「立派な背広を着た人たち」が我先に取った行動の多くは「開き直り」か「遁走」であるという事実に私たちは直面しています。(これは例えば「轢き逃げ犯」の心理に良く似ています。)しかも「上の人たち」がそうであるということは、このような傾向は既にあらゆる社会的階層の人々に共有されている恐れが有ります。しかしそれでは「個人と社会の双方」が成り立たず(放っておけば)双方ともに「自滅」することは明らかです。

    つまりこれは「自滅文化」です。

     

    故に私たちはまず自己の内面の「不都合な結果」に対して「しっかりと真正面から向き合う」必要が有ります。もちろん「自滅」しないためです。そしてその後、身近な社会環境に於けるあらゆる「不都合な結果」に対しても同じく「しっかりと真正面から向き合う」必要があるということです。もちろん、掛け替えのない社会を「有らぬ方向(=自滅)」へ向かわせないためです。

    これは明確に「やればやっただけの結果」を伴い「やらなければやらないだけの結果」がついて回ります。

    そうして正に今、卑怯や怠惰や強欲と決別しなければ、先行きそうした機会さえも失われてしまうでしょう。

     

    元日早々こうした内容の記事を発信せざるを得ない事を以って、切迫感が少しでもお伝え出来れば幸いです。

     

    | かまた | 時事関連 | 09:08 | comments(0) | trackbacks(0) |









    http://blog1.hal-kursk.com/trackback/338
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031   
    << January 2018 >>