HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
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沈黙(という名の悪)と敢然対峙する村本大輔
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    昨日も言った通り、もはや論じない。ムダな時間だ。それでなくとも人間的に、社会的に、そして何より論理的に「白黒」はついているのだから。その意味でも今後はこうした「レポート」が多くなるだろう。

     

    まずは元旦(1日未明)に放送された『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)に出演したウーマンラッシュアワーの村本大輔氏に関する「リテラ」のこちらの記事をご覧頂きたい。

    記事はこちら→ http://lite-ra.com/2018/01/post-3711.html

     

    ここで重要な事は、村本氏は始めからそのつもりで「とある役柄」を沈着冷静に演じ切っているに過ぎないということだ。それは「番組が本当に視聴者(=一般国民)目線で視聴者のために作られているのか」或いは「番組が番組側と出演者各位の予定調和の下に特定の結論に視聴者の意識をを誘導していないか」などを視聴者目線でチェックし、成り行きがおかしいと感じれば「視聴者に成り代わって意義を唱える」という役柄だ。

     

    この「○○に成り代わって」というのは社会人の基本であって極めて普通の感覚であり、取り分け「皆さんに成り代わって」事に臨むというのであれば「称賛」されこそしても断じて「非難」される謂れは無い。

    だからどう見ても「もっと勉強しなさい!」などと言い放った人の方が恥ずかしい。何故なら相手(=村本氏)が「みんなの思いを背負ってそこにいる」という、(公共の電波を使った番組の出演者として)当然の心の嗜(たしな)みにまで思いが至らなかった心の狭量さを自ら露呈させてしまったからだ。

     

    但し村本氏はそういう場に於いても決して「視聴者の代弁」などといった直接的な表現やニュアンスを持ち出さず、むしろ「オレはわからない」「オレはこう思う」「オレはそう言いたい」など一人称的な表現に徹することで周囲を混乱させている。

    それはひとつには「(政治家でもあるまいし)芸人のくせに何様だ」という批判を多少なりとも回避する意味に於いて「破天荒な芸人」として振舞っているということもあるが、同時にに相手の油断を誘い「本音をあぶり出す」効果があることも重々承知しているはずだ。

     

    何故そう言えるのか。村本氏自身のツイッターを見る限り、そうとしか思えないし、そうしたことは私自身が過去40年以上ずっとやってきたことでもあるからだ。

    何れにせよ「学者と称する連中の屁理屈」よりも「命がけの芸人の道理」の方が遥かに有益で魅力的である事だけは間違いない。

     

    ※ 余談だが、テレビと言えば正月は報道番組が皆無だが、世界も日本も何事も無いという意味なのか?それとも国民が「正月はニュースなんか見たくない」と言ってるのか?どっちも有り得ない。いったいどういうつもりだ。

    | かまた | 時事関連 | 10:43 | comments(0) | trackbacks(0) |









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