HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
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学校の「常識」は社会の「非常識」?
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    東洋経済ONLINEに秀逸な記事があったので紹介します。(このサイトは意外に趣きのある記事が多いです。)その記事のタイトルは〈不登校児をゼロにした元中学校長の「非常識」〉というセンセーショナルなもので、ぜひ一読されることをお薦めします。

    記事に拠れば「イエナプランの教育理念に基づいて丁寧に対応することで実現出来た」ということのようですが、問題はそうした論理的で当たり前の対応を「非常識」と言わざるを得ない現状の教育体制にあると思います。

    因みに「イエナプラン」とは下記の原則に基づく学校教育の一形態とされています。

     

    イエナプラン教育の20の原則 (K・ボットとK・フロイデンヒル 1992年)


    人間について


    1.
    どんな人も、世界にたった一人しかいない人です。つまり、どの子どももどの大人も一人一人がほかの人や物によっては取り換えることのできない、かけがいのない価値を持っています。

    2.
    どの人も自分らしく成長していく権利を持っています。自分らしく成長する、というのは、次のようなことを前提にしています。つまり、誰からも影響を受けずに独立していること、自分自身で自分の頭を使ってものごとについて判断する気持ちを持てること、創造的な態度、人と人との関係について正しいものを求めようとする姿勢です。自分らしく成長して行く権利は、人種や国籍、性別、(同性愛であるとか異性愛であるなどの)その人が持っている性的な傾向、生れついた社会的な背景、宗教や信条、または、何らかの障害を持っているかどうかなどによって絶対に左右されるものであってはなりません。

    3.
    どの人も自分らしく成長するためには、次のようなものと、その人だけにしかない特別の関係を持っています。つまり、ほかの人々との関係、自然や文化について実際に感じたり触れたりすることのできるものとの関係、また、感じたり触れたりすることはできないけれども現実であると認めるものとの関係です。

    4.
    どの人も、いつも、その人だけに独特のひとまとまりの人格を持った人間として受け入れられ、できる限りそれに応じて待遇され、話しかけられなければなりません。

    5.
    どの人も文化の担い手として、また、文化の改革者として受け入れられ、できる限りそれに応じて待遇され、話しかけられなければなりません。


    社会について


    6.
    わたしたちはみな、それぞれの人がもっている、かけがえのない価値を尊重しあう社会を作っていかなくてはなりません。

    7.
    わたしたちはみな、それぞれの人の固有の性質(アイデンティティ)を伸ばすための場や、そのための刺激が与えられるような社会をつくっていかなくてはなりません。

    8.
    わたしたちはみな、公正と平和と建設性を高めるという立場から、人と人との間の違いやそれぞれの人が成長したり変化していくことを、受け入れる社会をつくっていかなくてはなりません。

    9.
    わたしたちはみな、地球と世界とを大事にし、また、注意深く守っていく社会を作っていかなくてはなりません。

    10.
    わたしたちはみな、自然の恵みや文化の恵みとを、未来に生きる人たちのために、責任を持って使うような社会を作っていかなくてはなりません。


    学校について


    11.
    学びの場(学校)とは、そこにかかわっている人たちすべてにとって、独立した、しかも共同して作る組織です。学びの場(学校)は、社会からの影響も受けますが、それと同時に、社会に対しても影響を与えるものです。

    12.
    学びの場(学校)で働く大人たちは、1から10までの原則を子どもたちの学びの出発点として仕事をします。

    13.
    学びの場〈学校)で教えられる教育の内容は、子どもたちが実際に生きている暮らしの世界と、(知識や感情を通じて得られる)経験の世界とから、そしてまた、<人々>と<社会>の発展にとって大切な手段であると考えられる、私たちの社会が持っている大切な文化の恵みの中から引き出されます。

    14.
    学びの場(学校)では、教育活動は、教育学的によく考えられた道具を用いて、教育学的によく考えられた環境を用意したうえで行います。

    15.
    学びの場(学校)では、教育活動は、対話・遊び・仕事(学習)・催しという4つの基本的な活動が、交互にリズミカルにあらわれるという形で行います。

    16.
    学びの場(学校)では、子どもたちがお互いに学びあったり助け合ったりすることができるように、年齢や発達の程度の違いのある子どもたちを慎重に検討して組み合わせたグループを作ります。

    17.
    学びの場(学校)では、子どもが一人でやれる遊びや学習と、グループリーダー(担任教員)が指示したり指導したりする学習とがお互いに補いあうように交互に行われます。グループリーダー(担任教員)が指示したり指導したりする学習は、特に、レベルの向上を目的としています。一人でやる学習でも、グループリーダー(担任教員)から指示や指導を受けて行う学習でも、何よりも、子ども自身の学びへの意欲が重要な役割を果たします。

    18.
    学びの場(学校)では、学習の基本である、経験すること、発見すること、探究することなどとともに、ワールドオリエンテーションという活動が中心的な位置を占めます。

    19.
    学びの場(学校)では、子どもの行動や成績について評価をする時には、できるだけ、それぞれの子どもの成長の過程がどうであるかという観点から、また、それぞれの子ども自身と話し合いをするという形で行われます。

    20.
    学びの場(学校)では、何かを変えたりよりよいものにしたりする、というのは、常日頃からいつでも続けて行わなければならないことです。そのためには、実際にやってみるということと、それについてよく考えてみることとを、いつも交互に繰り返すという態度を持っていなくてはなりません。

     

    つまり、このような教育理念に基づき、それを実践すれば「非常識」とされるのが今の教育現場であり教育体制ということになりますが、逆にイジメや不登校、自殺などに真摯に向き合うとすれば(経済最優先社会を一旦棚上げする気にさえなれれば)こうした子どもの視野に立った教育の形が不幸を未然に防ぎ、多くの問題を解決に導くであろうことは想像に難く有りません。

     

    何れにしても当ブログでも再三申し上げている通り、社会の価値観は間もなく180度変わります。というか変わらざるを得ない局面にとっくに差し掛かっています。現場の人たちの勇断がまさしくそれを具現化するものであることは、前述の記事にある通りです。

    | かまた | 時事関連 | 11:29 | comments(0) | trackbacks(0) |









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