HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
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コロナ対策は各自「論理に従い常識に照らして判断すべし」
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    例えば「感染を防ぐ」という一点に関して言えば、論理的には「(絶対に安全な人以外の)他者との接触、接近をしない」となるはずで、具体的には「一切誰とも会わない」という行動となります。何故なら私たちには「誰が絶対に安全な人なのか知るすべが与えられていない」からです。ゆえに私たちは「感染防止(=自他の生命)」を最優先にする限りに於いて「誰とも会わない様にする」というのが唯一無二の理想的な選択肢となります。

    重要なことは「決してこの本筋から逸れてはならない」ということです。

     

    一方で私たちは上記の大原則を踏まえたとしても、それとは別に「どうしても他者との接点を持たなければならない場合」が生じます。それは自他の生命と生活を維持するために最低限必要な行為、行動と言えます。

    まず家庭内で同居する家族、身内の人々との接点を絶やす事は事実上不可能なので、こうした場合は世帯単位で「大きくひと括(くく)りの個人」とみなすしか有りません。(俗に言う「運命共同体」という概念が正しいというのでは無く、現実的にそうなっているということです。)

    あとは「生活物資の買い出し、配達品の受け取り」などに於ける最低限の接触ぐらいであることが、ここ数週間の経験上判っており、その辺りの接触回数、接触時間などを如何に減らしていけるかについては、各自の工夫が求められるところと思われます。

     

    ここまで読み進めて「仕事や学校の話が欠落している」と感じる向きもあるかと思われますが、これらの組織に属している場合に重要な事は、何らかの強制力を持つそうした組織が「現時点でどれだけ生命の安全を保証してくれているか」を、考慮する必要が有ります。仮にもし「不十分」と感じ、その指示や方針に従い続けることに「不安を覚える」とすれば、(他人はどうあれ)一旦立ち止まって今一度、組織と自分との関わり方を考え直してみる必要が有ると思います。何故なら「自他の生命を優先させる事は常識」だからです。

    その際「固定観念は禁物」です。健闘を祈ります!

    | かまた | 時事関連 | 09:26 | comments(0) | - |









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