HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
<< 「ROCK」であることの意味 | main | 2015年2月1日 >>
頂いた感想にお応えさせて頂きます。
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    皆様、明けましておめでとうございます。
    旧年中はたいへんお世話になりました。
    本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

    ところで、今回は支援サイトの方から頂いた感想にお応えさせて頂きたいと思います。
    以下、転載致します。

    *************************************
    HALのKURSKに入っている曲の最後は全部「ジャーン」と気持よく終わっている。
    (途中省略)
    これはいかにもロック!と思うけど、
    クラシックの曲も結構「ジャーン」で終わっている。
    HALの音楽は紛れも無く「ロック」だけど、
    あちこちにクラシック音楽の要素が感じられる。
    (途中省略)
    多分普通にハードロックと呼ばれるジャンルの音楽よりも、
    クラシック音楽の方が聴き手の想像力にうったえかけるようだ。
    (途中省略)
    クラシックの「五感に語りかける」要素がKURSKに使われている。
    だから私達は、広い景色や温度、匂いなどもKURSKから感じ取ることが出来る。
    それでその「ジャーン」なんですが、
    私個人の感想だと「やりきった」とか「精一杯弾いた」とか「力を出しきって、最後まで力を抜かない」という印象。
    だから最後をジャーンにするのは大正解!
    *************************************

    改めてご説明致しますと、フェードアウトを用いない最大の理由は、ライブで演奏する際に「ヘタに悩まずに済む」からです。
    それから、フェードアウトは「フェードアウトという立派な終止形」のひとつですが、敢えてそれを使う理由が見当たらなかったということです。例えば「クルスク」は過去の情景描写ですが、エピローグの「Hope」に限り未来を示唆したものとして、唯一フェードアウトの対象となっています。

    それからロックやポップスの多くは「感情表現」や「メッセージ」など、主観的な視点で構成されている事に対して、クラシック音楽の場合、宗教的題材や風景、情景、人物描写など、主に客観的な視点が用いられる事が多い様に思います。もちろん作者の目を通して見ているので主観が全く入らない訳では有りませんが、意図するものがそうだという事です。
    ですから自ずと従来のロックやポップス的には「共感」が求められ、クラシック的には「イマジネーションの提供」という形が多く見受けられる様に思います。

    それと最後にある「やりきった感」はライブの場に於いて特に重要な要素だと思います。何故なら、そこに観客とプレーヤーのコミュニケーションのピークが来るのが常だからです。ですからライブをイメージしてCDを作ると、当然そうなります。

    そのようなことで、今年もよろしくお願い申し上げます。


     
    | かまた | 作品全般 | 12:18 | comments(2) | trackbacks(0) |
    かまたさん
    私のお粗末なブログを取り上げていただき、ありがとうございます。
    なるほど「共感」と「イマジネーション」ですか!
    とてもわかりやすいです。
    それと曲を作る時はライブをイメージする、というのは、
    リスナー専門の自分には思いつきませんでした。
    頭の中でもやもや〜となっていたものが
    言葉になりました、ありがとうございます。

    今年も宜しくお願い致します。
    | とこも | 2015/01/03 5:04 PM |
    コメントありがとうございます。
    記事のネタに困ってましたので、逆に助かりました(笑)。
    現在12月に予定されていたサプライズが1月にずれ込んだという不確定情報?もあり、私も楽しみにしているところです。
    | かまた | 2015/01/03 5:34 PM |









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