HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
「かげろうの街」バンド用楽譜(完全版)その1
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    ノーチラスレコーズ・オンラインショップ限定の先着特典CDの中の1曲、「かげろうの街」の40年前の手書き楽譜をアップします。HALの次回作として用意されたものです。今回はキーボード(=エレピ)とボーカル用パート譜ですが、順次全パートをアップする予定です。
    注目すべきはタイトルが「流れる街」となっている事です。当時としてはそういうイメージだったのでしょう。ウ〜ン、どちらも有りかなという感じですが、今となっては「かげろう」の方がしっくりいきます。
    演奏の難易度はそれほどでもないので、どちらか面白半分に演奏してやろうというバンドさんがいらっしゃるなら、是非聴きに行きますのでご一報下さい。(著作料請求しませんので・・・)
    | かまた | その他 | 21:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
    プログレ・・プログレって何だっけ?
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      ということで、改めて「Progressive Rock」の意味するところについて考えて見ました。
      取り合えず辞書的には、「進歩的な」「革新的な」「前進する」「進行性の」「進行形の」ロックなどとなっているようです。
      そこで自分としては、「高機能な」「多機能な」ロックが近いかな、などと思って見たりします。
      何故そうかと言いますと、そもそも自分にとって自分らしい音楽の原点は「シンプルなヘビーロック」で、今でも場合によってはそれで十分とさえ思っているという事があります。
      しかし自分が何か言おうと(もちろん音楽言語でですが)した場合、それ(=シンプル)だけではちょっと言葉が足りないかな、と思ったりする際には、少し言葉を足したり言い回しを工夫したりします。その「プラスアルファ」の部分が高機能、多機能という意味になるかと思う訳です。

      例えばですが、自分が誰かと議論している時に、こちらの主張に対し相手から質問や反論があった場合、声だけ大きくして同じ主張を繰り返す訳には行かないでしょう。相手の意図を良く理解した上で、別の角度から説明したり、新しい概念を提示したりする必要が当然あると思います。音楽的にもそれと全く同じことが言えるのではないかと思う訳です。
      もしそうだとすれば、プログレのプログレたる由縁はその言語的発想の多様性にあって、コアである「ロック」の部分に何かするという意味でなくても良いと思う次第であり、個人的には、逆にそこは揺るがせにしたくないと思っています。

      つまり「プログレ」というものは「シンプルよりも上位」というような意味合いのものではなく、むしろ「ロックらしいロック」という意味で、同じ土俵に立つべきものと考えています。
      | かまた | その他 | 00:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
      サー・ボーデンハウゼンの2nd.?オルガン譜です。
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        ボーデンの2ndオルガン譜1ボーデンの2ndオルガン譜2ボーデンの2ndオルガン譜3ボーデンの2ndオルガン譜4ボーデンの2ndオルガン譜5ボーデンの2ndオルガン譜6ボーデンの2ndオルガン譜7

        「サー・ボーデンハウゼン」の2nd.オルガン譜とされています。そもそもオルガンパートが1st.と2nd.に分けて書かれていた事自体、記憶にありませんでした。当然ながら重要なソロやシンセ部分は1st.に回されていますが、残念ながら1st.オルガンとギター譜は現在、私の手元にありません。全パート揃えば良いとは思いますが、元来が過去の記録を丁寧に保存しておこうという意識が希薄に付き、ご容赦願います。
         
        | かまた | その他 | 13:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
        サー・ボーデンハウゼンのベース譜です。
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          ボーデンのベース譜1ボーデンのベース譜2ボーデンのベース譜3ボーデンのベース譜4

          前回に引き続き、「サー・ボーデンハウゼン」のベース譜です。
          敢えてシンコペーションを回避するなど、当時としてのこだわりが垣間見られます。
          また、よく見ると中間部がライブ音源と異なるアレンジである事が分かります。
          尚、これらの資料は個人的利用の範囲に於いて自由にお使い頂けます。
          | かまた | その他 | 09:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
          サー・ボーデンハウゼンのドラム譜です。
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            ボーデンハウゼンのドラム譜1ボーデンハウゼンのドラム譜2ボーデンハウゼンのドラム譜3ボーデンハウゼンのドラム譜4

            先日見つかった「サー・ボーデンハウゼン」のドラム譜(全4ページ)をアップします。
            当時の雰囲気を残すため、敢えて紙焼け、汚れ等再現してあります。(汚くて済みません)
            何かのご参考にして頂ければ幸いです。
             
            | かまた | その他 | 12:08 | comments(2) | trackbacks(0) |
            慣用句の場合「引き金」が正しい様だ
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              「引き金」という慣用句の意味は「物事を引き起こす原因、きっかけ」などとされているが、その物事というのがまた、例文を見る限りでは何れも大騒ぎや大事件のたぐいばかり。つまり「引き金を引く=些細な力が加えられる事によって、ある方向に向かって爆発的な力を生じさせる行為」という、実際の銃とほぼ同義となっているのは言い得て妙で、これは「弓を引く」という慣用句とは全くの別物だ。更に例文を見る限りでは否定的なイメージが多いが、中には肯定的なイメージのものもある。つまり原則的には善悪の区別はないのだが、「制御不能なエネルギー」という部分に於いては「たまたまうまく転んだ」的な賭けの要素も加わっていささか不安が残る。

              翻って実銃の話。慣用句の例文に登場する射手は概してへたくそばかりだが、実際の銃ではそんな事は許されるべくもない。まず銃の仕組みと性能、威力を熟知した上で、その怖さを肝に銘じていなければ始まらない。それゆえ取扱いには常に細心の注意を払わねばならないし、保管管理態勢も含めて遵守すべき事項も多く、安全のため訓練を積んで扱いに精通する必要も有り・・・と、はっきり言って重荷である。しかしそれが銃を手に取る資格というものだと思う。いや、慣用句の世界であっても本当は資格を持つ者だけに引き金に指を掛けてもらいたいのだ。そうでないとまことに困るのだ・・・。
              | かまた | その他 | 01:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
              引鉄(ひきがね)を引くという事
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                無論、「銃」の引鉄を引くという事だ。銃は武器の歴史の上では刀や槍や弓の延長線上にあると考えても良いが、前者とは本質的に異なる部分があると思えてならない。(これはあくまで自分の経験上持ち得た感覚であるので一般論とはならないかも知れないが)

                およそ武器というものは相手(動物であれ人間であれ)を倒すための物なので、構えて相手に狙いを定めるところまでは皆同じ。しかしそこから先が銃だけが大きく違うのだ。刀であればその切っ先が相手に到達する瞬間まで使い手の意志能力が働いている。飛び道具の弓といえども矢をつがえて自ら引き絞っている関係上、矢が放たれた瞬間の威力と精度は使い手の意思そのものと言える。(槍も刀や弓に順ずるものと考えられる)

                銃の場合、的が遠距離であれば照準を保つ事自体に意思能力が求められるが、近距離であればそうとも言えないし、そもそも引鉄というものは(精密射撃でない限りに於いて)それを引く事に幾ばくの能力も要らない。むしろ意思に反して引かれるのを防ぐためにわざわざマージンを作ってあるぐらい実際危ういものだ。この軽い引鉄と爆発的な威力・・・これこそが銃の銃たる由縁ではないかと思われる。

                このある意味に於けるリスクと結果の不一致・・・(それを高性能と呼ぶのかも知れないが)それは銃の登場以降、あらゆる武器や兵器に受け継がれているようだ。例えば「核のスイッチ」などはその最も顕著な例と言えないだろうか。
                | かまた | その他 | 22:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
                厄年の話(3)
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                  これまでの話は単なる前置きでありまして、実はここからが本番であります。
                  改めて自らの人生を振り返って見ますと、何か新しい事を始めたり大きく前に踏み出したりと、普通厄明けにするような事をほとんどのケースで厄年に行っているわけです。それも敢えて選んでいるわけではなく気が付くといつもそうなっていて、正直毎回「エーーッ?」という感じです。そのせいなのか何なのか常にそれとなくキツいのですが、では逆に他のタイミングという選択肢があったかというとどうもそうは思えません。で、最近は一般論は別として、もしかすると人生には人によってそういうセッティングも有りなのかもなどと思ったりしています。(決して好き好んだりはしませんが・・・)
                  | かまた | その他 | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  厄年の話(2)
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                    そもそも人生というものはいつも順風満帆でいられるわけではなく、状況の変化に対応しながら緩急織り交ぜて、また一時停止や回り道も選択肢に掲げながら歩んで行くべきものと考えます。で、前厄〜後厄の3年間はまさに歩を緩めて自らの歩みを省みつつ、軌道修正やペースの立て直し、能力の補強等に力を注ぐ時期として活用すべき時ではないかと思われます。それを9年周期できちんと行う事で、長期にわたって比較的ぶれの少ない人生を送れるような気がします。ちょうど車の定期点検のようなイメージで、それを毎度毎度怠っていると、ずれやぶれが積もり積もっていつか事故を起こしそうな気がするのは私だけでしょうか。
                    | かまた | その他 | 15:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    厄年の話(1)
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                      年が明けて2014年、皆様明けましておめでとうございます。旧年中はたいへんお世話になりました。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

                      ところで自分、今年は九星でいうところの本厄に当たります。という事は去年は前厄で来年が後厄です。(9年周期のバイオリズムという考え方なので人生の1/3は厄年となります。)一般的な「厄除け」という見地からすると、「厄年は災いが降りかかる年」とされますが、自分は必ずしもそうは思いません。一言でいうと「新しいステップに進むための準備段階としての清算の年」だと考えます。これは物事の全てが「因果関係」により成り立っているという論理によるものですが、それを一笑に付すだけのネタの持ち合わせがないので、取り合えず受け入れる事とします。
                      | かまた | その他 | 11:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
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