HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
大きいコトはイイことだ!!・・・???
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    その昔、日本がまだ経済成長の最中にあった頃「大きいコトはイイことだ!」という某菓子メーカーのコマーシャルが大々的にヒットしたのを覚えているが、今になって思えばこれは大間違いであって、そもそも「小さいコトは悪いことだ!」という印象を与えかねない危険な発想であり、近年のマイカーに見られる「車体の巨大化」など、種々の社会現象にも共通するものを感じざるを得ない。

    純粋に論理的選択をするのであれば「ちょうどイイのが一番いい」に決まっている。何故なら、それを逸脱する部分は「単なる欲」に過ぎないからだ。

     

    ※ 本文は、社会に於いて(競争力の一環として)いたずらに大きさを求める発想に対する警鐘を意図しており、決して「生まれつき身体の大きい人」等の尊厳を傷付けるものでは一切有りません。

    | かまた | 時事関連 | 10:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
    巨大組織がことごとく「ダメ」な理由(ワケ)
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      以前に宗教団体について「巨大組織=圧力団体」であり、そもそも「巨大化自体が(他を圧倒し)社会的権力を得るための手段」である旨説明したが、それは言い換えれば「おごり(=やりたい放題)」を獲得するための手段と言って良い。つまり「巨大組織がたまたま驕(おご)る」のではなく、端(はな)から「それが目的」という事になる。となれば更には「巨大組織であること自体が(他者を圧迫するという意味に於いて)広義に於ける反社会性を有している」と言える。

      つまり極論を言えば「悪意が無ければ巨大組織など作らない」し、「善意であれば最低必要源の組織しか作らない」ということだ。(必要に応じて小組織が権力に依存しない「協同組合的な結び付き」を持てば良い。)

       

      故に「巨大政党のおごり」「巨大企業のおごり」「巨大宗教法人のおごり」など、全ては同根であり、その社会に対する有害性の指摘や批判からは当然免れるべくもなく、時と共に解体もしくは崩壊の憂き目を見ることになります。

      | かまた | 時事関連 | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
      投票しない人は文句を言う権利や資格が無い!
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        これはもちろん、来たる7月21日(日)の参議院議員選挙に於ける投票行動に関する話で、(やむを得ない事情以外で)投票を行わないということは、あらゆる選挙結果に対してそれを100%容認し、その結果どのような社会になろうとも(一切文句や不満を漏らさず)、100%従属の意思を示したものと解釈されても仕方有りません。

        つまり「投票しない(=棄権)」とは、実際には「俺は関係ネエよ!」とはならず、「皆さんにお任せします!」「100%従います!」ということです。

         

        よく「投票したい人(=候補者)がいない」という話を耳にしますが、そういう場合は当然ですが自分の希望に対して「一番かけ離れた主張をしている候補者から順に外して行く」ことで、最後に残った「似たりよったりの人たち」の内、誰でもいいから名前(比例であれば政党、団体名、)を書けば良いのです。そうすれば以後、堂々と不満や文句を公然とぶち撒けられるようになるでしょう。社会で何か不都合な事が起きれば「それ見たことか!」「だから言ったろ!」「ふざけるな!」等々・・・好きなだけ言ったら良いのです。少なくともみんながそういう権利や資格が有る。それはある意味「健全な社会」です。そう思われませんか?

        | かまた | 時事関連 | 10:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
        「かんぽ生命」と「振り込め詐欺」・・・どこが違う?
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          高齢者や猜疑心の乏しいお人好しな人々を(故意に)騙してお金をむしり取る・・・手口はどこも変わらない。いや、振り込め詐欺と違って「信用度の高い本物の身分」を使って詐欺を働くところが更に「悪質」と言えるだろう。それが証拠には、そもそも被害件数の桁が違う。9万件超とは何事か!それを見ても、これらが(現場の人間の思い付きではなく)巨大企業による組織ぐるみの犯行であることは明白だ。つまり「かんぽ生命」とは、そういう「反社会的な性格を帯びた会社」であるということになる。

           

          このように今後も「まさか!」と耳を疑いたくなる様な(組織や個人の)不正や犯罪が、次々と白日の下に曝される事となるだろう。何故なら今年は「結果現象の年」であり、これらは紛れもなく反社会的な想念によってもたらされた行為、行動の「結果現象」に他ならないからだ。

           

          「いい大人が雁首揃えて何やってんだ。子どもの教育上悪いぞ!」と言ってやりたい気持ちだ。本当に情けない。(利益至上主義は必ず道を踏み誤る)

          | かまた | 時事関連 | 10:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
          日本の教育問題の核心を突く記事
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            見出しに「本気で怒っている」という文言を含む、2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治(のよりりょうじ)博士の、日本の教育の危機を訴えるインタビュー記事が秀逸です。博士はこの中で「学校教育は、社会のためにある。個人が自由に生きる権利は大切だが、決して入学試験に合格するためだとか、あるいは金持ちや権力者になるためにあるのではない。」と言い切っています。こうした言葉は、ただそれだけ切り取れば良いということではなく、前後の脈絡や全体感から、その言葉の真意を読み解くことがより重要と思われます。

             

            外部リンク→ 《 ノーベル賞・野依博士「本気で怒っている」日本の教育に危機感 》

            | かまた | 時事関連 | 08:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
            自動運転や安全装置も結構だが・・・
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              高齢者による車の操作ミスが疑われる事故の頻発が社会問題化される中で、自動運転や安全装置に話題が集中するのも結構だが、個人的にはそれ以前に昨今の一般的なオートマ(チック)車の加速の良さとハンドルの軽さが非常に気になる。論理的には、操作に要する負荷が軽いということは、反応が良い反面、微妙なコントロールがし辛(づら)いということだと思われる。すなわちこのような車は、運動能力や反射神経、判断力の弱まった高齢者向きとは到底思えない。(喩えて言えば、素人がいきなりレーシングカーを操る様なものだ。)

               

              こうした事は、一重にメーカー側の販売戦略や設計思想(メーカーや車種によって差異有り)に起因するため、自ら自覚を持ってコントロール可能な車種を選ぶしかないのが現状だろう。(因みに私は、車が自らのコントロール能力の範疇を逸脱しない様、重めのハンドルを装備したマニュアル車を選択している。)

               

              教訓: 乗り心地がソフトで操作感が軽い方が安全とは限らない

              | かまた | 時事関連 | 09:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
              「結果現象」を目の当たりにする
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                本年2019年は「結果現象の年」とは、年頭(1月2日)の記事でお示しした通りですが、すでに多くの盤石と信じられていた地位や立場、強固な権力基盤などが足元から崩れ落ちる様子がニュースとして報じられるだけでも後を断ちません。無論「結果現象」というからには、本来都合の悪い結果だけでなく、良い結果も含まれるはずですが、悪い結果ばかりが際立つのは、残念ながら長年私たちの社会が経済至上主義の如く「人間の有るべき姿」に対してあまりにもそれを軽視し、あるいは誤った(非論理的な)イメージを持ち続けてきた代償として、膨大な量の「悪い原因」を積み上げてしまったことに依るものです。今後も原因通りの結果が次々と現象することとなるでしょうが、肝心な事は結果を見て「原因を正しく理解する」ことに尽きると思われます。それが私たちの唯一無二の選択肢です。

                | かまた | 時事関連 | 10:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
                諸悪の根源は「自己執着」です。
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                  これは国際問題から家族関係に至るまで同様で、「自己執着」こそがあらゆるレベルに於ける人間関係の健全な醸成を阻み、あらゆるレベルに於ける社会に脅威と破壊をもたらし続けています。無論、その目的が「自己破壊」にあることは言うまでも有りません。何故ならこの世に「自己執着」ほど非論理的で矛盾に満ちたものは無いからです。そしてこの事は同時に私たちが今、最優先で何を為すべきかを示しています。それは「自己執着からの脱却」に他なりません。何故なら「自己破壊」を免れるためには、それが唯一無二の選択肢であろうからです。

                   

                  ※ 詳細は「自己執着」に関する当方別ブログの以下の記事をご参照頂けます。

                   

                  ○ 不幸の根源は「自己執着」です

                   

                  ○ 不幸の根源は「自己執着」です。 その2

                   

                  ○ 再び「自己執着」の話

                   

                  ○ 「自己執着」という検索キーワード

                   

                  ○ 悩みの根源は「自己執着」です。

                   

                  ○ 自己執着と自己中心の関係について

                   

                  ○ 「自己執着」と「自我」

                   

                  ○ 公共の精神と自己執着

                  | かまた | 時事関連 | 09:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  政府コケれば皆コケる!
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                    もはや日本の現状は、政府、財界の中枢から国民の末端に至るまで、嘘とデタラメの公然とまかり通る史上最低、最悪の状況と言わざるを得ず、社会のありとあらゆるシーンで常軌を逸し、人道という唯一無二の軌道から逸脱した大量の人々が日々コケまくっている。もっともそうした人々には、自ら発する嘘やデタラメが自分自身を自滅の方向へ追い込んでいるという認識も無ければ、日本社会全体が危機的状況に陥っているという認識すらも無いだろうから、そもそも救いようが無い。

                    これらの流れを劇的に変え得るには、もはや「オールリセット」しか無い。「備えあれば憂いなし」はもちろんだが、取り分け心の備えは常日頃より万全でありたいものだ。

                    | かまた | 時事関連 | 08:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    中学校に於ける「道徳の公開授業」に驚愕!
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                      実は先月、近隣の中学校で行われた「道徳の公開授業」なるものを(役目上)見聞し、その余りの見当外れぶりに思わず目と耳を疑った。テーマは「自主、自律の精神」だったと思うが、授業が進むにつれてだんだん怒りがこみ上げてきて、そのうちだんだん哀しくなった。何故なら「自主、自律」とは言うまでもなく(他人に言われる前に)「自ら出(いで)て自ら進む(律する)」ことを指すのには違いないとして、問題はその主旨であり目的だ。

                      授業ではもっぱら「勉強や宿題を自分から進んで(時間を設けて)行う」ような話が中心となり、挙句は教師の方から「もっとお金が稼げるように」などといった言葉まで飛び出す始末だ。果たしてこのような授業内容を「道徳の授業」と認識出来る人がいるのだろうか?

                       

                      そんなこんなで公開授業後に行われた教職員を交えた参加者(関係者)の会合では、はっきりと「道徳の主旨は(国、社会、組織、個人を含めた)他者との関わり方を示唆するところにあるはずで、その部分(=他者との関わり)が欠落していては意味を為さない」旨を申し述べさせて頂いた。

                      個人的には、こうした「道徳観念(或いは社会性)」の類は本来、家庭教育の範疇に置かれるものと思っているが、近年それで事足りていないということであれば学校教育の一環とされるもやむ無しという程度の認識だが、こうした状況を鑑みるにむしろ一層の危機感を覚えざるを得ないというのが正直なところだ。何故なら「学校側の無理解」が露呈してしまっているからだ。(今、直近の課題は大人の道徳教育だろう。)

                       

                      しかも学校が事前に行った生徒への「道徳に関するアンケート」では、多くの子どもたちが「人との関わり」が重要であることを正しく認識している結果が出ているのだから、逆に学校側がそれを活かしていないばかりか、明らかにミスリードしているというオマケ付きだ。(もちろんそのことも指摘させて頂いた。)

                       

                      ※ 参考:コトバンク「道徳」

                      | かまた | 時事関連 | 10:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
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