HAL-KURSK 制作四方山話

タイトル通りです。思いつくまま、気の向くまま、ランダムに書きます。コメントやご質問は大歓迎です。
単に「ソレは霊界に有るのか無いのか」という話
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    ※ 本日の記事はは多分に「霊的内容」を含むため、興味のない方はスルーして頂いて構いません。

     

    これまでにも約2500年間の長きに渡って続いた「夜の時代」が終わりを遂げ、昭和16年6月16日午前6時15分を以って霊界現界共に「昼の時代」を迎えるに至った事について幾度か触れて来ました。(過去記事はこちら)

    それに伴い、これまでは人目を避け「闇に紛れて」「夜陰に乗じて」(バレない様に)行われてきた悪事や陰謀の類もさすがに白日の下で鳴りを潜めるかと思いきや、むしろ逆に白昼堂々の「居直り、開き直り、暴挙、暴走による嘘八百、インチキ、デタラメ、メチャクチャ」のオンパレードにいよいよ歯止めが掛からない状態です。

     

    少なくともこの数週間でハッキリした事の一つに、アメリカ大統領選挙を通じて「国内外の主流マスメディアが軒並み(意図的で悪質な)情報操作と偏向報道に終始している」という事実が有ります。即ち「トランプ落とし、バイデン擁護」で欧米や日本の大手メディアが一致団結して「不正隠し、事実の隠蔽」に(まるでそれが課せられた使命でもあるかの如く)奔走しているということです。

    つまりここに来て「メディアは真実を伝える」というのは幻想であって、メディアの真の使命、役割は「支配者、権力者に不都合な真実を隠蔽する」ことにあるということがあからさまに露呈してしまった訳です。

     

    ところで「昼の時代」とは、単に現界に於いて「光が隅々まで照らし出し影が無くなる」というだけではなく、それ以上に重要なことは「霊界と現界の距離が近くなる事で(質的、時間的な)差異が縮まる」ことに有ります。つまりこの世のあらゆる事象は「霊界との厳格な因果関係」によって規定されている訳ですから、それこそ今日のタイトルの如く、単に「ソレは霊界に有るのか無いのか」または「その人は霊界に居るのかいないのか」という話で、「有れば(居れば)本物、無ければ(いなければ)偽物」となり、それが結論でそれが全てとなります。(何故偽物が存在出来るかについてはこの場は割愛します。)

     

    (今は少数ですが)そう遠くない将来、多くの人々がそのことを実感として持ち得る時代がやって来ます。

    | かまた | 時事関連 | 11:01 | comments(0) | - |
    そしてみんな発狂した
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      夜の時代が終わりを遂げ、昼の時代を迎えて既に77年が経ちますが、特にここ数年の間、増々強くなった光が世の中や人の心の隅々まで射し照らし、これまで闇に存在していたあらゆる穢れの類があぶり出され、苦しみ悶えながら一斉に表層に浮き出して世の中に大混乱をもたらしている事実が、世の中の様子から窺い知れます。

       

      例えば国会に於けるIRカジノ法案、参議院定数6増法案然り、これらをまるでモノに憑かれたが如くゴリ押しする感覚や神経そのものが、もはや正気の沙汰とは思えません。

      また、愛知県豊田市の小学校に於ける小1児童熱中症死亡事件然り、この件に限らず私の知る範囲でも公職に就く人々の多くが既に正気を失い、正常な物事の判断が出来ずにいるようです。

       

      今後もしばらくの間、今まで考えられないような事案が社会のあらゆる場で次々に人の手によって引き起こされるでしょう。しかしもし、それらが「二分化」という必要なステップの一過程であるとすれば、私たちは相応の心構えと覚悟を以ってあらゆる局面を受け入れざるを得ません。何故ならたとえどのような瞬間であれ、私たちが「生きるという意味」を見失う訳には行かないからです。

      それは「眼前の今にベストを尽くす」ことによってのみ達成されるものと確信しています。

      | かまた | 時事関連 | 13:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
      二分化の流れが止まらない
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        ※ 本日の記事はは多分に「霊的内容」を含むため、興味のない方はスルーして頂いて構いません。

         

        以前より繰り返し申し上げてきた様に、現在の「昼の時代」に即した霊界の環境整備計画(とでも申しましょうか)に基づいた大規模な改変作業は滞りなく進行中で、それが一定の時間差を以って現界に反映する際の特徴的な現象の一つとして「明確な二分化」があると言えます。それは一言で表せば、これまでのいわゆる「グレーゾーン」を排した「白と黒とに人(の思想や言動)が二分化される」という意味で、それこそが霊界の計画の(段階的な)骨子と言っても良いでしょう。

        となれば「グレー」はもはや存在出来ない色となり、強いて言えば嘗てのグレーは霊界の改変によって黒に分類されることとなるはずです。何故なら色の見え方は「価値観」がもたらすものであり、その価値観自体が霊界の改変を通じて180度転換されつつあるからです。(昨今のセクハラ問題などが良い例です。)

        結局、霊界の改変に対して誰も抗い得ていないのが現状です。

         

        こうした「二分化」の進行によって、気が付けば「嘘の定義」すらも変わってしまいました。というのも、昔であれば「嘘は都合の悪い真実を悟られない様にするための(バレない前提の)もの」という認識でしたが、現在はそうではなく、「嘘は都合の良いことを単に強弁する(=言い張る)こと」でしかなく、バレようがバレまいが関係ない、ということの様です。(一連の政治家、官僚の答弁などが良い例です。)

        そしてその結果何が起きるかということですが、単純に「嘘をつく人の卑しさ、醜さが引き立つだけ」でしか有り得ず、それは同時に自らの人間性の欠落(=人間的劣化)を進んで世に知らしめる行為に他なりません。

        つまり人(の中の或る人々)はとうとう(自覚のないまま)「自滅」の引き金を引き始めたということです。(そんなこと誰も頼んでいません。)

         

        振り返れば当ブログでは2016年「変動、変化の年」、2017年「瓦解、崩壊の年」、そして2018年の今年は「対峙の年」というように毎年、年始めにその年の(予測ではなく)霊的進捗状況を明示させて頂いてきたつもりであり、例えば森友、加計問題で言えば、昨年の内に官邸や内閣府、財務省などの論理性、整合性は完全に「瓦解、崩壊」していたことが(改ざんや隠蔽事実の露見という形で)既に判明しています。ということは、今年になって現在私たち国民が「対峙」しているものは、実は既に崩壊して実体を失った構造体の「残渣或いは残像」に過ぎないということになります。(亡霊とかゾンビとかといった表現は好きでは有りません。)

        そんなものとも(億劫がって)まともに対峙出来ないようでは、それこそ「対峙する側の責任やヤル気」に問題が有ると言われても致し方有りません。言い換えれば「対峙」とは、個々の人々の心と行ないが白であるのか黒であるのかを決する正念場でもあるのです。何故なら前段で申し上げた如く(霊界の意向により)グレーゾーンが廃止され、選択肢として消滅したからです。

         

        故にこの時期、私たちには「自分なりの対峙」がどうしても必要ということです。

        | かまた | 時事関連 | 12:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
        「瓦解、崩壊の年」は残り半分となりました。
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          これは一年間を霊的な区切りである立春→節分までと考えればそうなると言うことです。振り返れば政治の世界では、まるで計ったかのように2月を契機に歯車が狂い始め、僅か半年たらずの間にまったく様相が変わってしまいました。

           

          もちろん如何なる結果現象にも理由(=原因)が有りますが、それらの多くは目に見える形だけで説明(=証明)し切れるものではなく、正確な認識や把握のためには「霊的要因」を識る必要が有ります。この「霊的要因」は、何も特別な人々だけが識り得るものではなく、誰しもが持っている「心の本質的な部分」である「良心」によって、本来であれば誰しもが認識可能なものであることは、是非識っておいて頂きたいと思います。

           

          何故なら、人間は誰しもがそれぞれ「自己の運命の責任」を担っているものですから、霊的、物的それぞれの要因をその都度適切に認識しつつ未来を形作っていく能力が備わっていると考えるのが極めて自然なことだからです。(もしその能力を未だ発揮出来ずにいるとすれば、それは教育を含む誤ったマインドコントロールによるものです。)

           

          程なく霊界の指導、先行による「大規模な価値の転換」が起こり、それに連れて社会の様相も一変するでしょうが、それらが霊的に定義されるところの「昼の時代」に相応しいものであることは間違い有りません。

          であるとすれば、私たちは今こそ「自らの良心」に一層磨きを掛けて、そうした「時代の転換」に備えておく必要が有ると思われます。

          | かまた | 時事関連 | 09:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
          「節分」が文字通りの節目となる
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            霊界が俄に忙しい。それは既に完遂された「審判」の結果を受けて、即ち「そこに在るべきでないもの、在ってはならないもの」の瓦解、崩壊に繋がる物事への着手が始まったからと思われる。その意味で、私たちは最早後戻り出来ない状況に在ると言って良い。しかし同時に私たちは、昭和16年6月16日午前6時15分に世界が「昼の時代」に突入して以来こんにちに至るまで、文字通り絶え間なく日夜繰り返し行われて来た数多の誤解曲解の余地さえ無い「完全なる警告」を無視し続けて来た事実を見落としてはならない。今更どれがどうで何がそれだったのかこの場に及んで改めて問い直す事は愚問の極みと思われる。何故ならそれは、それこそ20年前であろうが10年前であろうが5年前であろうが、いつでも好きな時に好きなだけ出来たはずの事に相違ないからだ。(答えは常に、人間がより人間らしく生きるための馬鹿でも解る二者択一だったはずだ。)にも関わらず信じられない事には、ごく少数の人々を除いた大方の人間は、その間一度もそれについて問おうともしなかったという事実を前提に今日の日が在るのは間違い無い。

            結論として、私たちは何も特別なものを求められていた訳でも無く、ただただ「普通」で良かった。しかしその「普通」ですら、いつしか鼻も掛けなくなって行ったということだ。それを「思想の紊乱、道義の敗退」と言う。

             

            ここまで来れば、最早人間は最後まで人事を尽くしつつ、奇跡が起きるのを待つしか無いだろう。

            だが、奇跡が起きないからといって文句を言うのは筋違いだ。何故なら奇跡は起きないのが「普通」だからだ。

            | かまた | 時事関連 | 15:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
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